1913年 ベルリン(独)生 ― 1985年 バーゼル(スイス)没
【略歴】 1913年10月6日、ベルリンに生まれる。父親はユダヤ系の医師で、ユングの思想に傾倒していた。伯母はヘルマン・ヘッセと結婚したことがり、小説や絵画を手がける有名な女権活動家だった。 16歳のとき、パウル・クレーの作品を含むバウハウスの作品展を見て影響され、シュレレアリスム的な作品を作り始める。 1932年、パリに移り住み、アカデミー・ドゥ・ラ・ショミエールに短期間通学。カフェ・ドゥ・ドームでジャコメッティと出会う。彼を通じてハンス・アルプやクルト・セリグマン、エルンスト、マン・レイらと知り合う。その美貌から、モンパルナスの3大美女のひとりに数えられる。生計の手段としては、家具やオブジェのデザインをしていた。 1933年、『シュル・アンデパンダン展』に出品。 1934年、マン・レイ制作のヌード写真集のモデルになる。 1936年、『毛皮の昼食――毛皮に覆われたカップと皿、スプーン』を制作。ニューヨーク近代美術館に購入されたことで、一躍シュルレアリスムの寵児となる。同年、エルンストがスイスで彼女の個展を開くよう取り計らう。 1938年、『石の女』と題した作品の制作後、創作を18年間中断。バーゼルの工芸学校に通学。
1956年、『封印された星』で個展を開く。翌57年、ベルンにアトリエを構える。以降、30年近くベルンに暮らす。 1960年、ダニエル・コルディエ画廊におけるEROS内示展で『女の裸体上での饗宴』を演出。 1985年11月15日、バーゼルにて逝去。 死後、自分の作品をベルン美術館に寄贈する。 2006年6月2日〜10月8日、ベルン美術館で回顧展。 2007年1月18日〜4月22日、ノルウェー・オスロのHenie Onstad Kunstcenterで回顧展。 【参考文献】 『シュルセクシュアリティ―シュルレアリスムと女たち 1924~47』 ホイットニー・チャドウィック(著) 伊藤俊治+長谷川祐子 (訳) PARCO出版局 (1989/03)
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