ギュスターヴ=アドルフ・モッサ (Gustav-Adolf Mossa)

883年 ニース(仏)生 ― 1971年没

『飽食のセイレーン』

  1883年 南仏ニースにて、ニース美術館長の息子として生まれる。父親から絵の手ほどきを受け、装飾美術学校で学ぶ。1900年のパリ万国博覧会でギュスタヴ・モローシャヴァンヌの作品に強い印象を受け、象徴主義の画家になることを決意。1902年から03年にかけてイタリアに遊学。1905年頃から怪奇と退廃を特徴とする絵画を描いて脚光を浴びる。サロメやセイレーンなどといった神話世界に登場する「ファム・ファタル」を耽美的に描いた作品が多い。
 1905年制作の『飽食のセイレーン』では、口から血を滴らせる奇怪な妖精セイレーンを違和感を催させる画法で描いており、現代の怪奇漫画に通じるものを感じさせる。
 その後、第1次大戦に従軍して負傷すると、絵画制作から遠ざかった。1926年にはニースのシェレ美術館の館長に就任。
 1971年に死亡。78年に回顧展が開催される。

【参考文献】

  『すぐわかる画家別幻想美術の見かた』 千足 伸行 (監修)  東京美術 (2004/11)





ご意見・ご感想は travis7jp@yahoo.co.jp