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『夕べの祈りの後』
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【略歴】
1845年、ブリュッセル郊外のラーケンに生まれる。父親は庭師だった。幼児期よりデッサンが好きで、ブリュッセル美術アカデミーに入学する。
1870年、ローマ賞を受賞し、ヴェネツィアやローマを訪れ、カルパッチョに傾倒。古典的なテーマで『冶金術の仕事』を制作。
1878年〜78年にかけて、文学者のシャルル・ド・コステルよりゼーラント地方に関する書物に挿絵をつけるよう依頼され、マルケン島に滞在して油彩画やデッサンを描く。
1880年、カミーユ・ルモニエの『ベルギー』に挿絵を描く。
1885年〜88年にかけて《20人会》に参加。
1890年、ズグラッフィートの技法を習得すべくスイス、ドイツ、オーストリアを旅行。
1892年、ファブリやデルヴィルらと共にグループ《芸術のために》を創設。
一方で《自由美学》とも交流を続けた。
1894年、《自由美学》展に寓話的作品を出品。また、『諸事物の生命』という題名で階段や長持、長椅子などを題材にアンティミスムを特徴としたデッサン7枚からなる作品を出品。
1895年、同じく《自由美学》展に、『芸術の感情――諸事物の魂』を展示。これらは生活の場である屋内の事物を描いているにも関わらず、神秘主義的で汎神論的な色合いの濃厚な作品であった。
1899年、ルモニエはメルリ宛の手紙で「あなたはひとつの光をつくりだしました。それは私たちから事物の直接的なヴィジョンを包み隠す光の否定であるばかりか、むしろ、神秘的なあなたの思考にふさわしく、あなたの頭脳から発する内なる光なのです。というのも、神秘、影の不安、沈思黙考そして沈黙はあなたの思考のフォルムそのものですから(*)」と書いている。
その後、1899年、1908年にも《自由美学》展に参加した。
1921年、逝去。
参考文献:東京国立近代美術館「ベルギー象徴派展」カタログ (*)本カタログより引用。
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