グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)

1862年 バウムガルテン(墺)生 ―1918年 ウィーン(墺)没 

 【略歴】
 1862年7月14日、オーストリア・ウィーンの郊外のバウムガルテンに生まれる。
 1876年、ウィーンに出て博物館附属の工芸学校に入学し、古典主義に基づいた美術教育を受ける。
 1880年頃より弟二人と装飾デザインを請け負う仕事を始める。
 1886年〜88年にウィーン・ブルク劇場の装飾美術を手がけて高い評価を受ける。当時はアカデミックな象徴的歴史画で知られるハンス・マカルト(1840-1884)に影響を受けた絵を描いていた。
 1891年、ウィーン美術史博物館の階段室の三角小間に、エジプトの彫刻やギリシアの壺絵、中世の金地の板絵、ビザンチンのモザイク画等の要素を取り入れた壁画を描く。同年、ウィーン美術家協会に入会する。
 1890年代を通じて、擬古典主義的な肉体表現とモザイク状に細分化した平面装飾を組み合わせた独自の様式を創造する。
 1897年、ウィーン協会を脱会し、ウィーン分離派を創立する。
 1901年、代表作のひとつ『ユディト』を制作。
 1902年、ウィーン分離派展に代表作のひとつ『ベートーヴェン・フリーズ』を展示。これはクリンガーが制作したベートーヴェン像を中心に据えたベートーヴェン聖堂の内壁を飾るためのものだった。
 1905年〜1911年、1903年に『ウィーン工房』を創設した建築家ヨゼフ・ホフマンに共鳴し、彼の依頼でブリュッセルのストックレー邸の食堂にフリーズをつくる。
 1907年〜1908年、代表作『接吻』及び『ダナエ』を制作。
 1918年2月6日、ウィーンにて逝去。






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