1929年 ハンブルク(独) ― 1995年 オルデンブルク(独)
【略歴】 1929年11月14日、ドイツのハンブルクに生まれる。母マーサ・ヤンセンの胎内にいたとき父親が家出。オルデンブルクで洋服屋を営む祖父母の家で育てられる。 1943年に母マーサが亡くなったため、祖父母の家を出てハンブルクの伯母の家に寄宿する。 1946年、ハンブルク美術学校に入学し、アルフレート・マーラウ教授に師事する。 マーラウ教授(Alfred Mahlau, 1894-1967) はリューベックの聖マリア教会にあるダンス・マカブルのステンドグラスを制作したことで知られる画家。ヤンセンは彼のもとで、エゴン・シーレやクービンに傾倒した。 1947年、週刊誌『Die Zeit』の挿画でデビュー、翌48年には絵本を出版。 1950年、最初の子どもが生まれ(彼は生涯に幾度も結婚・離婚を繰り返し、子どもをつくった)、2冊目の本を出版。その後、ムンクに影響された木版画を手がける。 この頃、アルコールが好きで泥酔しては奇行を繰り返し、ハンブルク刑務所に入所したこともあった。 1954年頃、カラー木版画の制作に夢中になる。 1957年、ハノーヴァ・ブロックシュテット画廊の展示会(隣にはゾンネンシュターン作品が並んでいた)で成功を収める。その後、ドレに傾倒してリトグラフに転向。
1959年頃から、ジャン・デュビュッフェの作品やアール・ブリュットに強い影響を受ける。 1960年代、ハンブルクの街娼たちをモデルに、色鉛筆を点描のように用いて描く。 1968年、ヴェネツィア・ビエンナーレに出品。 1970年頃から中国や日本の美術に深い関心を寄せる。 1972年、画集『北斎の散歩』を刊行。 1990年、自宅のバルコニーから転落して失明。 1995年8月31日、オルデンブルクにて逝去。 なお、オルデンブルクにはホルスト・ヤンセン美術館がある。 (→http://www.horst-janssen-museum.de/ ) [ドイツ語サイト] 【参考文献】 『迷宮の魔術師たち―幻想画人伝』 種村李弘(著) 求竜堂 (1985/02)
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