ジュール・ボワ (Jules Bois)

1869年 マルセイユ (仏) ― 1955 ウッドベリー(米)

 【略歴】
 1869年、マルセイユに生まれる。エクス=アン=プロヴァンスとモンペリエの学校に通った後、ソルボンヌ大学に入学してBerillon博士に師事し、「超意識」の分野における研究で心理学の博士号を取得する。
 女性解放に関わる著作をいくつか著すと共に神秘学やオカルトにも関心を抱く。
 1889年、ユイスマンスと意気投合し、親交を結ぶ。
 1892年、ドゥビュッシーのために『サタンの婚礼』(Les noces de Sathan)の台本を書く。
 1893年、1月4日にブーランが急死。ユイスマンスと同じくブーランに帰依してペラダンガイタと敵対していたボワは、1月9日付「ジル・ブラス」紙に、ペラダンガイタ、ヴィルトがブーランを呪い殺した旨の一文を寄せる。

 1895年、『悪魔主義と魔術』を刊行。
 1900年前後、中近東やギリシア、トルコ、インドを旅行。インド思想に多大な影響を受ける。帰国後、パリにおいて占星術サークルや心理学研究協会、精神生理学学会等で活躍する。
 1903年、 神秘主義や神智学、オカルティズムについての著書『不可視の世界』を刊行。その中でガイタやパピュスとの決闘について書く。ユイスマンスと彼はガイタの呪力によるブーラン暗殺をずっと信じていた。
 1943年7月2日に他界。


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